グラフェン含有膜に関する特許とXPS

先日から読んでいるグラフェン含有膜に関する特許の続きです。
請求項から繰り返し出てくる表面分析の部分が全くついていけないので、以下の内容を理解できるようにXPSについて調べました。

特願2020-543134
【請求項1】
グラフェン骨格にポリエチレンイミン鎖が結合したグラフェンを含有するグラフェン含有膜であって、ITO膜上で測定された前記グラフェン含有膜のX線光電子分光スペクトルにおいて、結合エネルギーが288eVの位置における光電子強度に対する、C1s軌道のエネルギーピーク位置における光電子強度の比が5.5~20である、グラフェン含有膜。

XPSの原理とスペクトル

XPS(X線光電子分光)は、X線を物質に照射したときに放出される光電子を測定することで物質表面の化学結合の状態を分析する手法です。

下図のようにX線をあてて電子を軌道からはじき出し、はじき出された電子(光電子)の運動エネルギーを測定するという方法をとります。

https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/electronbeam/xps/

このとき、
・測定する光電子の運動エネルギー :Ek
・X線のエネルギー :hv
・仕事関数 :φ
・結合エネルギー :Eb
とすると、

Ek=hv-φ-Eb という式が成り立ちます。

仕事関数は、フェルミ準位から電子を取り出して真空状態にもっていくのに必要なエネルギーと定義されます。

仕事関数の定義が少しわかりにくいですが、イオン化エネルギーと比較してみます。
イオン化エネルギーは気体状態(孤立した状態)の分子や原子から電子を取り去るときに必要なエネルギーのことでしたが、仕事関数は固体表面の原子から電子を取り去るときに必要なエネルギーと言えます。
イオン化エネルギーは孤立した状態で周囲から影響を受けない状態を想定しているのに対し、仕事関数は固体表面の状態による影響を受けやすいという違いがあります。

いずれも電子を取り去るときに必要なエネルギーであるという点は共通していますので、先ほどの式から、光電子の運動エネルギーは、X線のエネルギーがその電子の結合を切って、軌道からはじき出すのに必要なエネルギーを使った残りのエネルギーということが言えます。

ただし注意が必要なのは、XPSにおいて仕事関数は、試料の仕事関数ではなく、分析器の仕事関数であるという点です。
この理由はまだ理解できていないのですが、試料の仕事関数が関係するのは光電子が分光器に入るまでで、最終的に分析器の仕事関数によって決まるということです。
X線の数値と分析器の仕事関数は一定の値にすることができるため、光電子の運動を測定すると結合エネルギーの値として測定ができるということかと思います。

それぞれの軌道の電子に固有の結合エネルギーがあるため、そのデータベースと測定結果を照合することで固体表面の化学結合の状態が分かります。

以下のように、C1s(炭素原子の1s軌道)・O1s(酸素原子の1s軌道)の結合エネルギー表とPETのXPSスペクトルを対応させればどのような化学結合がどれくらい含まれているかということが分析できます。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/isj/50/5/50_5_463/_pdf

また、結合エネルギーは結合の状態によって影響を受け、同じ原子の同じ軌道の電子についてでも誤差が生じることがあります。これをシフトと呼んでいます。

例えば、酸化された状態の原子であれば、酸化される=電子を失うことですので、周囲の電子が少なくなると遮蔽効果が弱まって陽子の束縛を受けやすくなるので結合エネルギーが強まるといったことが考えられます。シフトも化学結合の状態を分析する指標となります。

もう一度【請求項1】を読む

XPSについて少し知識を入れた状態でもう一度請求項を読んでみました。

「ITO膜上で測定された前記グラフェン含有膜のX線光電子分光スペクトルにおいて」と断り書きがあるのは、結合エネルギーが周囲からの影響を考慮しないといけないということで、分析対象のグラフェン含有膜が太陽電池などの実施例でITO膜と接する形で層を作ることを想定し、実施例に則した状況で分析を行う、ということと考えられます。

また「結合エネルギーが288eVの位置における光電子強度に対する、C1s軌道のエネルギーピーク位置における光電子強度の比が5.5~20」という情報と、先ほど出した結合エネルギーの表を元にどんなスペクトルになるかを書いてみました。

その後、【発明を実施するための形態】を読んでいくと、
「ポリアルキレンイミン鎖が結合したグラフェンは、絶縁性が比較的高く、電気抵抗が大きくなりやすい。しかし、上記のようなXPSスペクトルを有する実施形態によるグラフェン含有膜は、カルボニル炭素に対するC-C結合(二重結合も含む)の割合が多く、電気抵抗が小さく」
という記述がありました。

グラフを書いて想像したのはC-C結合やC-H結合が多いのかなということですが、ここにはC=Cの二重結合も含まれるということです。
π電子雲が十分に残っているために、ポリアルキレンイミン鎖をつけても電気が通りやすいということかと思います。

また後ろの方に該当するスペクトルの図版もついていました。

当該特許の図7

形はおおむね予想したものと合っていましたが、自分で書いたものは光電子強度の単位と目盛りが抜けていました。
光電子強度の単位はcps (counts per second)、1秒あたりに放出される光電子を検出器で数えた数とのことです。
1秒あたりに数千というものすごい数が飛んでいくのですね。

まだ理解が不十分なところはたくさんありますが、今回調べたことで以前より少し何をやっているか想像しながら明細書が読めるようになりました。
たったの請求項1つだけなので小さな進歩ですが嬉しいです。

参考)
https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/electronbeam/xps/
https://www.jstage.jst.go.jp/article/isj/50/5/50_5_463/_pdf

6/13(木)学習時間:9.75H
・岡野の化学(120)~(121)
・グラフェン含有膜についての特許明細書:最後まで
・XPSについて
・半導体の接合面での変化について
課題)
・グラフェン含有膜の特許で出てきた塗布法、アニール処理についてノートに整理

その他
・4658 代替ツールの探し方
・4140 酸化・還元とアノード・カソード
・「特許明細書のチェック法」第4章途中

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うずら
〈レバレッジ特許翻訳講座16期生〉 翻訳とは無関係の会社員生活を送っていたが、30歳になったのを機に「これが最後の進路選択のチャンス」と考え直し、文系出身・翻訳未経験から特許翻訳者への険しい道を進むことを決意。