前回の記事では糖尿病とはどんな病気かということについて書きました。
糖尿病治療では、血糖値のモニタリングが不可欠です。
今回の記事では、血糖値に関連する他の指標や、従来の侵襲型から非侵襲型への流れについて紹介します。
目次
HbA1cとは?
HbA1c値
血糖値に関連する糖尿病の診断指標として、「HbA1c値」というものがあります。健康診断で血液検査を受けると目にすることも多いと思います。
HbA1c値とは血液中のヘモグロビン全体のうち、グルコースと結合しているもの(HbA1c)の割合を測定した値です。
ヘモグロビンの構造と役割
「ヘモグロビン」とは、血液を構成する主要な細胞である赤血球中に存在し、その重量の約3分の1を占めるタンパク質です(残りは水分)。
赤血球の主な仕事は肺から取り入れた酸素を体中に運ぶことですが、より詳細にはこのヘモグロビンと酸素が結合して酸素を運びます。
ヘモグロビンの構造をさらに細かく見ると、「グロビン」という2種のポリペプチド(α鎖・β鎖)が2本ずつの計4本の中に、「ヘム」というFeを含む錯体分子をそれぞれ1分子ずつ含んだ構造になっています。
このヘム中のFeイオンが酸素と結合し、体中の組織に酸素を運びます。

4つあるヘムのFeイオンのひとつに酸素が結合すると、Feは酸素につられて引っ張り上げられるような形になります。すると、今後はFeの下側にあるグロビン中のヒスチジンというアミノ酸が続けて引っ張り上げられ、これがまた周辺の構造を変化させます。

このような構造の変化が次々と残りのサブユニットにも伝わっていくことで効率よく酸素を運ぶようになっています。
余談ですが、血液が赤く見えるのは、ヘモグロビンのヘム鉄錯体にあるFeイオンが青や緑の波長を吸収して赤色の光を反射することによるものです。
ヘモグロビンの糖化:シッフ塩基の形成とアマドリ転位
ヘモグロビンは血液中を流れるグルコースと結合し、グリコヘモグロビン(HbA1c)という物質に変化します。
さて、ここで起きているヘモグロビンの糖化現象について、もう少し詳しく見ていきます。
前回の記事でメイラード反応の話にごく簡単に触れましたが、ここで起きているのはメイラード反応のうちの初期段階にあたる「シッフ塩基の形成」とその後の「アマドリ転位」という反応です。
まずはシッフ塩基の形成について見ていきましょう。
「シッフ塩基」は、一般にアルデヒドまたはケトンのカルボニル基(C=O)が第一級アミン(–NH2)と反応し、イミン結合(C=N)を形成した化合物の総称です。
構造式は下のようになります。

ヘモグロビンとグルコースの場合で考えましょう。
まず、次のような一般式で表せる化合物を「アミン」といいます。

このうち、Nに結合しているアルキル基(炭化水素基)が1つのものが第一級アミン、2つのものが第二級アミン、3つのものが第三級アミンです。
つまり、「第一級アミン」というのは、下のような形で表される化合物のことです。

そこで、ヘモグロビンの構造に注目すると、ヘモグロビンを構成するグロビンのβ鎖の末端には第一級アミンに相当するアミノ基(-NH2)があります。
次に、グルコースの構造を見てみましょう。
グルコースには、実は次のような3種類の構造(α-グルコース、β-グルコース、鎖状構造)があり、この3つを行き来しているような状態です。

水中ではグルコースはほとんどα-グルコースかβ-グルコースのどちらかとして存在しており、鎖状構造として存在する割合は1%にも満たない非常に少ない割合ですが、この鎖状構造になると「アルデヒド基」を持つようになります。
このグルコースのアルデヒド基とヘモグロビンのアミノ基が脱水縮合することで「シッフ塩基」が形成されます。
つぎに「アマドリ転位」についてです。
シッフ塩基は加水分解されてもとの状態に戻りやすい不安定な状態ですが、C=Nの二重結合の位置が移動することで、比較的安定な状態になります。
このようにシッフ塩基の二重結合が転移してより安定な状態になることを「アマドリ転位」と呼んでいます。

アマドリ転位してできた化合物であるHbA1cは比較的安定な化合物ですので、こうしていったん糖化したヘモグロビンはその寿命が尽きるまで(約120日間)そのままの状態を保ちます。
先ほど書いたようにグルコースがアルデヒド基を持つ状態は非常に少ない割合ですが、血液中を流れるグルコースの量が増える、つまり血糖値が高くなるほどその存在確率も高くなっていきます。
したがって、血糖値が高くなるほどヘモグロビンとグルコースの結合が起こりやすくなり、HbA1c値も高くなると言えます。
このため、HbA1c値は血糖値とともに糖尿病の指標として使われています。
SMBG(自己血糖測定):穿刺による血糖値の測定
HbA1c値の課題
先ほどまでで、HbA1c値が糖尿病の治療に有効な指標であることを確認してきましたが、HbA1c値だけで血糖値の状態を把握しようとするのは限界があります。
というのは、HbA1c値は過去1〜2か月の血糖値を反映した値となるためです。
健康診断の直前だけ食事に気をつけて血糖値が下がったとしてもHbA1c値はごまかせなかった・・・ということがあるように、糖尿病診断の重要なマーカーとして使用されるものの、糖尿病治療において日々の血糖動態を反映するマーカーとして使用することはできません。
SMBG(自己血糖測定)とは
血液中のグルコース濃度を直接測定した血糖値が重要になりますが、医療機関に行かなくても患者自ら血糖値を日々測定して把握できる簡便な方法の開発が進められてきました。
その方法が「SMBG(自己血糖測定)」であり、1980年代以降に広まりました。
これは指先などに患者自ら針を刺して血液を採取し、血糖値を測定する方法です。
SMBGの課題
上記の方法は患者自ら日々血糖値を測定できる画期的な方法であり、現在も主流となっていますが、採取のために針を刺す(穿刺)など皮膚を傷つけなければなりません。
このように身体を傷つける方法は「侵襲的」と呼ばれます。
侵襲的な測定方法は痛みを伴いますし、感染症へのリスク、それを避けるために機器を使い捨てにしなければならず経済的負担があるといった問題があります。
また、血液中のグルコース値を直接測定することでその時点の血糖値を把握できるのですが、1日中ずっと採血するというわけにもいかないため、連続した値の変化を把握するようなことは困難でした。
そこで、非侵襲的、少なくとも低侵襲的であり、かつ継続的に測定できるような測定方法が望まれました。
CGM(持続グルコース測定)
CGMの種類
上述のような背景の中で登場してきたのが、「CGM(持続グルコース測定)」という、非侵襲あるいは低侵襲で、かつ継続的な測定が可能な方法です。
初代のCGMは2001年に米国のCygnus社が発表した「GlucoWatch」という腕時計型の商品でした。実際には「GlucoWatch」は精度に問題があるとされてしまったのですが、非常に画期的な方法として注目され、以降は米国を中心にCGMの研究が進められるようになりました。
日本にも2009年ごろに米国から導入されるようになりましたが、2017年にFreeStyleリブレ®(アボットジャパン)が保険適用になってから本格的に普及が進みました。
このFreeStyleリブレ®はCGMの中でも間歇スキャン式CGM(isCGM)と呼ばれるものです。
ここで簡単にCGMの中の分類を説明しておきますと、
まず、測定結果のデータを医療機関で管理する「Professional CGM」と、患者自身で管理する「Personal CGM」というタイプに分かれます。
そして、Personal CGMはさらに、患者自身がセンサをスキャンして測定データを読み込む必要のある「間歇スキャン式CGM(isCGM)」と、データが自動送信されて患者が自身で読み込みを行う必要のない「リアルタイムCGM(rtCGM)」とがあります。

rtCGMを使ったリアルタイムでの計測が可能になると、値が正常範囲を超えたときにアラートを出すなどの機能も付けられるようになりました。
また、インスリンポンプなどと組み合わせて、血糖値が上がってきたときに自動でインスリンを注射して血糖値を下げることも可能になり、利便性が格段に上がってきました。
CGMが測定しているもの:血糖値とグルコース値の違い
グルコース値とは
さて、このように見てくると非常にCGMにメリットがあり、SMBGは必要ないのでは?と思えるかもしれませんが、現状は両者を併用して治療が進められています。
それは、CGMとSMBGでは測定している対象が異なるためです。
そもそも「血糖値」は血液中のグルコース濃度を直接計測するものなので、どうしても採血が必要になり、侵襲的にならざるを得ません。
SMBGが測定対象としているのが血液中のグルコース濃度である「血糖値」であるのに対し、CGMが通常対象としているのは、間質液中のグルコース濃度です。血糖値と区別して「グルコース値」と呼ばれることもあります。
「間質液」とは、組織液とも呼ばれ、細胞と細胞の間に存在する液体のことです。
体内に吸収されたグルコースは血管を通って体中に運ばれて、毛細血管から間質液を通って個々の細胞に取り込まれます。
CGMでは、この間質液中のグルコース濃度を測定しています。

CGMの精度
血糖値とグルコース値では、血糖値が安定しているときには両方の測定結果にほとんど違いがないということが知られています。そのため、CGMではグルコース値を血糖値の代わる指標として利用しています。
ただし、血糖値に変動が生じた場合、グルコース値ではその変動が5~10分程度遅れて現れます。
つまり、血糖値が上昇しているときにはグルコース値の方が低く、血糖値が下降しているときにはグルコース値の方が高く、なるということです。
CGMの測定対象は実際の血糖値ではないものの、連続測定することにより血糖変動の傾向をとらえることができます。
ただし、実際の血糖値と測定結果が解離してしまうと治療上十分な役割を果たせないばかりか、誤った薬剤投与につながってしまう恐れもあるため、注意が必要になります。
初代の「GlucoWatch」で精度が問題となったのも、このような理由によるものでした。
そこで、グルコース値の精度を示す指標として、
「平均絶対的相対的差異」(Mean absolute relative difference, MARD)というものがあります。
MARDは、次の式で算出されます。
MARD 10%未満がSMBGの代替となり得る正確さとされています。
また、間質液中のグルコース値以外にも、各種体液に含まれるグルコース値を利用する研究もされているようです。
例えば、汗を利用したものや、コンタクトレンズ型のデバイスを装着して涙液を利用するもの、マウスピース型で唾液を測定するものなどです。
その都度汗をかかないといけなかったり、装着時の不快感があったりなどで実用化には課題がありますが色々な研究が進められているのですね。
次回は日本語の特許明細書を参照しながらグルコースセンサに使用されている測定のメカニズムについて書く予定です。
[参考]
・東邦大学サイトより 生物学の新知識「ヘモグロビン」
・国立研究開発法人国立循環器病研究センター「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)ってなに?」
・PDBj入門 今月の分子「ヘモグロビン」
・PreciousVOICE「糖尿病患者における血糖測定のいまとこれから」(株式会社三和化学研究所発行、2023年10月1日号)
・Abbott社サイト
・林 哲範,宮塚 健「日本の糖尿病患者における持続グルコース測定 (CGM) の現況」(北里医学 2022; 52: 35-41)
・“Enzyme-Based Glucose Sensor: From Invasive to Wearable Device”(Hyunjae Lee et al., ADVANCE HEALTHCARE MATERIALS Volume7, Issue8, April 25, 2018)
MARD(%)=100×|(センサーグルコース値)-(SMBG値)|÷(SMBG値)