CMP後洗浄用組成物に関する特許明細書の対訳学習

前回の記事で虫垂炎になってようやく回復したと書きましたが、治ったと思った矢先の先週末に再発してしまい、予定では今頃終わっていたはずのCMP後洗浄用組成物に関する特許がまだ全体の1/4程度しか進んでいません。

原因が特定できていないうえ、また再発するかもしれないというのでモヤモヤしますが、とりあえず今日はすっかり良くなりました。
遅れを取り戻すように頑張ります。

さて、今回はCMP後洗浄用組成物に関する特許から一文だけ取り上げて、公開訳・AI訳・自分の訳を比較してみます。

検討範囲

【原文】
The metal inhibitor is further believed to be characterized by its ability to prevent the dissolution of metal (e.g., copper) on the surface of the wafer, leaving only remnants from CMP and contaminants unprotected during cleaning.

【公開訳】
金属抑制剤は、更に、洗浄時にウエハーの表面上での金属の(例えば銅)の溶解を防止して、CMP由来の残留物及び保護されていない汚染物質のみを残すその能力によって特徴づけられると考えられている。

【AI訳(ChatGPT o1)】
さらに、この金属阻害剤は、ウェハ表面上の金属(例えば、銅)の溶解を防ぐ能力によって特徴付けられると考えられており、洗浄中に保護されない状態でCMPの残渣や汚染物質のみを残す

【AI訳(Claude)】
当該金属阻害剤は、ウェーハ表面上の金属(例えば、銅)の溶解を防止する能力をさらに有すると考えられ、これにより、化学機械研磨(CMP)に由来する残渣及び汚染物質のみが洗浄工程中に保護されない状態で残存することを特徴とする。

【試訳】(自分の訳)
該金属腐食抑制剤は、更に、ウエハ表面上での金属(例えば銅)の溶解を防ぎ、洗浄時にCMP由来の残留物および汚染物質のみを保護されていない状態のままにするその能力によって特徴づけられると考えられている。

metal inhibitor の訳

metal inhibitor の語は明細書中に何回も登場するのですが、どのように訳すかとても悩みました。
公開訳では「金属抑制剤」、AI訳は2つとも「金属阻害剤」と訳しています。

原文通りに訳せば「金属抑制剤」や「金属阻害剤」になるとは思うのですが、金属そのものを発生させないようにしたり近づけないようにしたりするための薬剤、というような印象を受けてしまいます。

続く文章を読むとmetal inhibitorは金属が溶解するのを防ぐ能力を持つものだということが分かります。

つまり、metal inhibitor は「金属そのものを抑制する薬剤」ではなく、「金属が~することを抑制する薬剤」という意味だということが分かります。
そこで「~」の部分を補って訳した方が良いのではないかと考えました。

Googleで検索してみると、metal inhibitorという語は当たらないわけではないですが、metal corrosion inhibitor や corrosion inhibitor for metals が多くヒットしました。
日本語でも「金属腐食防止剤」という語が多くヒットします。

原文には「腐食(corrosion)」ではなく「溶解(dissolution)」と書かれていますので、腐食と溶解の意味の違いを確認します。

溶解:
溶質分子が溶媒分子(イオン)に取り囲まれて溶液中に均一に拡散する現象。

腐食:
金属がそれを取り囲む環境の物質と化学的あるいは電気化学的に反応して、表面から消耗したり金属以外の物質に変わることで金属が失われていく現象。

溶解には砂糖を水に溶かす場合のように非電解質(電離しておらず、水に溶かしても電気を通さない)の場合も含まれますが、金属に限って言えば、通常は金属イオンになって溶解する化学反応を指すと思われます。
この場合、金属の溶解は腐食の一部と考えることができるので、「金属腐食防止剤」としてもよいかもしれません。

しかし、もし発明者が意図的に metal corrosion inhibitor ではなく metal inhibitor を選択してもっと広い意味を持たせようとしたのだとすると、変に訳を補うとかえって意味を狭めてしまうかもしれません。

いろいろ悩みましたが、

「金属腐食防止剤」という訳にしたうえで、

原文の “metal inhibitor” は直訳すると「金属阻害剤」や「金属抑制剤」になるかと思われますが、阻害・抑制する対象がやや曖昧になる恐れがあるため、「金属腐食防止剤」と訳しました。

とコメントをつける、というのがよいのかなと考えています。

leaving ~ unprotectedの訳

leaving ~ unprotectedの訳については私の訳とそれ以外で構文の取り方が分かれました。

私以外の訳は unprotected が remnants from CMP と contaminantsを修飾すると考えたうえで(公開訳はcontaminantsのみを修飾すると考えています)、
leaveの意味をremnants from CMP と contaminants そのものを残すと解釈しています。

私の訳は、leave / remnants from CMP and contaminants / unprotectedをleave O Cの第5文型と解釈し、「remnants from CMP and contaminantsをunprotectedの状態のままにする」としました。

AIも「~状態で残す」としているのでleave O Cの構文でとらえているのかもしれませんが、あたかも残留物や汚染物質が残っているように読めるのは問題があると思います。
文法的にはどちらの解釈もあり得るのかもしれませんが、文脈上remnants from CMP と contaminants そのものを残すと解釈するのは誤りだと考えます。

CMP洗浄後のウエハ表面には様々な残留物や汚染物質が存在します。

例えば、CMP研磨スラリーに含まれる砥粒、研磨パッドの破片、金属不純物(Cu酸化物)、有機残渣(研磨スラリー中に防食剤として含まれるBTAや、それがCuと反応して生じるCu-BTAなど)です。

CMP後洗浄液の役割は上記の汚染物質を除去することですが、一方でウエハ表面のCu配線やそれを保護するバリアメタルなどの金属部分にはダメージを与えないようにしないといけません。その点が今回の特許でも課題になっています。

こうした背景をふまえると、CMP後の残留物や汚染物質は金属とは異なり、洗浄工程で除去されなければならないものなので、それが洗浄時に残ったままではおかしいと気づきます。

また protect は「保護する」とそのまま訳しましたが、意味するところとしては、metal inhibitor がキレート効果によってウエハ表面の金属を洗浄液に不溶な状態にすることで、洗浄中に金属部分がダメージを受ける事態を防ぐ、ということだと考えます。
metal inhibitor は金属以外の remnants from CMP と contaminants に対してはそのような保護をしないため、remnants from CMP と contaminants は洗浄工程で除去されるということになります。

during cleaningのかかる範囲

during cleaningがどこまでを修飾するかということで、公開訳とそれ以外とで訳が分かれました。

公開訳はprevent以下にかかると考え、それ以外の訳はleaving以下にかかると考えています。

日本語の訳としてはどちらでも通りそうですが、原文を見て考えると通常はカンマで区切られた句の範囲を超えて修飾することはないので、during cleaning は leaving 以下を修飾するのが正しいと思われます。

もし、prevent 以下にかかるのであれば、during cleaning は次の位置に置かれると考えられます。

The metal inhibitor is further believed to be characterized by its ability to prevent the dissolution of metal (e.g., copper) on the surface of the wafer during cleaning, leaving only remnants from CMP and contaminants unprotected.


日本語では修飾語は前に来ますが英語は後ろから修飾することも多いので、自分の作った日本語訳だけを読んで自然な訳にしようとあれこれ考えているとかえって修飾関係が原文とずれてしまうことも起こりそうです。

とは言え、先ほどのleaveの例にならないように自分の作った日本語訳を通しで読んできちんと意味が通じるかをチェックする作業は必要ですので、日本語の訳文だけを読んでチェックするときは修飾関係を動かさないようにする、動かすときは必ず原文を確認する、というのをルールにしておこうと思います。

9/26(木)~10/2(火) 学習時間計:24.75H
・橋元の物理(73)
・CMP後洗浄用組成物に関する特許の対訳学習(全体の1/4程度まで)、一文ずつ訳し終わるまでのタイムを計測。
  ⇒(課題)今週末には終わらせて平均の処理速度を確認する。
・静電塗装の仕組みについて
・CTとMRIの仕組みについて
・4619 訳語確定までの時間を計測せよ



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うずら
〈レバレッジ特許翻訳講座16期生〉 翻訳とは無関係の会社員生活を送っていたが、30歳になったのを機に「これが最後の進路選択のチャンス」と考え直し、文系出身・翻訳未経験から特許翻訳者への険しい道を進むことを決意。