クロム系フォトマスクの形成方法に関する特許(特開2002-343769)②


前回の記事で取り上げた、クロム系フォトマスクの形成方法に関する特許(特開2002-343769)の続きです。
請求項と従来技術の部分を読んだので、残りの【課題を解決するための手段及び発明の実施形態】以降を読んでいきます。

【課題を解決するための手段及び発明の実施形態】


【課題を解決するための手段及び発明の実施形態】は、請求項に対応した内容になるので、メインクレームである【請求項1】をもう一度確認します。

【請求項1】
透明基板上にクロム系膜を形成し、その上にレジストパターンを形成し、該レジストパターンをマスクとして用いてクロム系膜をチャンバー内においてエッチングガスによりドライエッチングするに際し、上記チャンバー内に珪素を含む物質の存在下でドライエッチングを行うことを特徴とするクロム系フォトマスクの形成方法。


【請求項1】の骨子は「クロム系フォトマスクの形成方法」であり、以下の要素から成立しています。
 ①透明基板
 ②クロム系膜
 ③レジスト膜
 ④珪素を含む物質の存在下での
 ⑤ドライエッチング
  
そこで、各要素に対応する形で、【課題を解決するための手段及び発明の実施形態】の内容をマインドマップに整理しました。

前半部分を読んだ際に、以下の点でバリエーションが出てきそうだと予測しましたが、これらの点はすべて言及されていました。

 ・クロム系膜の種類
 ・透明基板の種類
 ・透明基板上にクロム系膜を形成する方法
 ・レジストパターンを形成する方法
 ・エッチングガスの種類
 ・珪素を含む物質の種類
 ・珪素を含む物質の状態

逆に以下の点は自分の発想から抜け落ちていました。

 ・膜厚
 ・珪素を含む物質の状態の中でも、固体の場合の形状
 ・珪素を含む物質の導入方法
 ・珪素を含む物質の量
 ・ドライエッチングの条件(圧力、電力、時間)

言われてみればいずれもバリエーションが考えられるところですが、
「こういう可能性もあるな」、「こういう条件をつけないといけないのではないかな」、ということを言われなくても先読みできていないといけません。
色々な明細書を読んでいく中で、自分の発想のどこが足りなかったかをチェックして差を埋められるようにしていきます。

さて、①~⑤のうち④以外の内容は、「公知の方法(材料)を用いて」あるいは「~であれば特に限定しない」という表現が多く、特にこの特許のオリジナリティを主張する部分ではなさそうです。

一方で④の珪素を含む物質に関しては、【請求項2】と【請求項3】でも追加で言及されていたように、この特許の新規性が見られる点です。

そこで珪素を含む物質に関しての実施形態に注目して読んでみます。

珪素を含む物質の形態

珪素を含む物質の種類は、珪素を含む物質であれば特に限定しないものの、ウェハ状の金属珪素が好ましいとされています。

金属珪素という表現には、あれ?と思うかもしれません。
下図の周期表をみると、赤枠で囲まれた部分が金属元素ですので、ケイ素は非金属のはずです。

https://science-stock.com/periodic-table/

金属珪素とは純粋なケイ素の一形態で、二酸化ケイ素の形で天然に存在するケイ石を電気炉で還元して製造されます。

https://nissili.co.jp/silicone/silicone-01/

写真を見て分かるように、金属珪素は金属のような光沢をもつため、金属珪素という名前で呼ばれています。
しかし、ケイ素は、普段は電気を通さないものの条件によっては電気を通す半導体ですので、電気をよく通す導体である金属には分類されません。
実際には自由電子をもつ金属結晶ではなく、SiとOからなる共有結合結晶です。

この特許の中では導電率には着目していませんので、珪素を含む物質のうち、特に純粋なケイ素のみからなる固体の物質、として金属珪素を出しているのではないかと推測します。

固体であれば、チャンバー内にクロム系マスク材料と並べて設置するだけでよいので、他に余分な工程を必要としないという点で好ましいと考えられます。

金属珪素はクロム系マスク材料とともにドライエッチングされますが、その際に揮発性の珪素化合物が発生します。
この反応を効率よく起こさせるために、形状については表面積が大きくなるウエハ状がより好ましいということだと考えられます。

また、液体の塩化珪素化合物の場合は、塩素ガスでバブリングをする、と記載されています。

液体を気化するためにはどうしたらよいか、状態図から考えてみましょう。
物質の状態は温度と圧力によって決まります。

https://lintec-mfc.co.jp/liquid-vaporization/

状態図を見ると、液体から気体に変化させる場合には次の方法が考えられます。
・温度を上げる
・圧力を下げる

分子の運動から考えてみると、
温度が上がれば分子の運動エネルギーが増すので気体になりやすくなります。
圧力が下がれば分子の運動を抑制する力も弱まるため気体になりやすくなります。

温度上昇と圧力低下を併用することも有効です。

液体を気化する方法としては、主にベーキング方式、直接気化方式、バブリング方式、という3種類の方法があります。

・ベーキング方式

水を沸騰させて水蒸気にする要領で、液体タンクを加熱して中の液体材料を蒸発させて気体にします。
温度上昇による気化現象の例と言えます。

https://www.horiba.com/jpn/semiconductor/key-technologies/element-technology/vaporization-methods/


・直接気化方式

ベーキング法と同じく、主に温度上昇を利用して気化を促します。
非常に高温にした気化室の中にキャリアガスと液体材料を導入します。
加熱されて気化した液体材料はキャリアガスに取り込まれて気化室から排気されます。

https://www.horiba.com/jpn/semiconductor/key-technologies/element-technology/vaporization-methods/


・バブリング方式

バブリング方式では主に圧力低下を利用して液体材料を気化しています。
外部からキャリアガスを液体タンクの中に吹き込んで細かい気泡を作ります。
導入されるキャリアガスの表面についた液体材料は、濃度勾配の影響で気化して気泡の内部に入り込みます。
キャリアガスの気泡が小さくて多数あるほど総体的な表面積が大きくなるため、この現象が起こりやすくなります。

気泡内の液体蒸気の部分圧が低いため、継続的に液体材料の気化が進行し、気泡内部へ拡散します。
気体状態の材料を含んだ気泡は浮力によって液体材料の中を上昇していき、液面に到達して放出されます。
こうしてキャリアガスと気化した液体材料は混合気体の形で排気されます。

https://www.horiba.com/jpn/semiconductor/key-technologies/element-technology/vaporization-methods/

明細書ではバブリング方式により、液体状態の珪素を含む物質を気化してチャンバー内に導入する方法が例示されています。

液体の場合そのままドライエッチングの工程に持ち込めないのは分かりますが、先ほど見た固体の金属珪素の場合でもチャンバー内で気体状態になるように処理されています。
結局のところ、珪素を含む物質の元々の状態によらず、すべて気体に変える処理がされています。

【課題を解決するための手段及び発明の実施形態】の最後のあたりに、以下の記述があります。

【0025】
本発明におけるレジスト膜のエッチング耐性を向上させるメカニズムについての詳細は不明であるが、チャンバー内にわずかに存在する珪素が選択的にレジスト膜表面に析出し、レジスト膜を保護しているものと予想される。また、珪素原子の存在はクロム系膜のエッチングには悪影響を与えないため、レジスト膜のパターンを精度良くウエハ上に転写できるものと推定される。

詳細なメカニズムは不明であるものの、エッチングの際にチャンバー内に同時に珪素を存在させることで、珪素がレジスト膜を保護し、レジスト膜自体がエッチングされることを防いでいるのではないかということです。
したがって、レジスト膜表面に珪素が吸着できるように、珪素を含む化合物はいずれも気体状態にする必要があったのだと思います。

レジスト膜のパターンの寸法精度が維持されていれば、それをもとに形成されるクロム膜のパターンもより精度が高くなります。
したがって、従来のドライエッチングにおける寸法精度の課題を解決できるというわけです。

ところで上に引用した文章では、
「本発明におけるレジスト膜のエッチング耐性を向上させるメカニズムについての詳細は不明である」
と記載されています。

それなら、レジスト膜のエッチング耐性が向上するのは本当に珪素のおかげだと言えるのでしょうか?

その点は、続く【実施例】で検証されています。

【実施例】

ドライエッチング時に金属珪素を導入した【実施例】と、
金属珪素を用いないという以外はすべて条件を同じにした【比較例】とで、
レジストパターンのライン幅にどれほど変化が出るかが比較されています。

条件は以下の通りです。

①透明基板:
  形状:角形
  材料:合成石英ガラス

②クロム膜:
  形成方法:スパッタリング法
  膜厚:100-120nm

③レジスト膜
  材料:ポジ型のEBレジスト液
  膜厚:500nm       
  露光:EB露光
  パターンのライン幅:(A)0.25μm (B)0.4μm の2種類

④珪素を含む物質
 シリコンウエハ(1cm×1cm×0.5mmt)
  (mmtの「t」はthicknessの頭文字で「厚さ」の意味)
 
⑤ドライエッチング
  エッチングガス:塩素ガス 20sccm, 酸素ガス 4sccm(standard cc/min:標準状態で1分あたりに何ccの流量かを示す)
  チャンバー圧:6.8Pa
  RFパワー:70W(RFパワー:プラズマを生成・維持するために使用される高周波の電力)
  エッチング時間:20分

電子顕微鏡で測定したライン幅の変化量が表に示されており、(A)と(B)ともに、金属珪素を入れた方がレジストパターンのライン幅の変化量が少ないことが分かります。
ライン幅を太いものと細いものの二種類用意することで、パターン幅の太さによらず金属珪素の効果が有効であることが示されています。

当該特許の図表より


 
もしケイ素を含む物質が化合物の場合はケイ素以外の物質の影響を考慮する必要がありますし、気体や液体の場合は導入時のキャリアガスの影響も検討しないといけないかもしれません。

しかし、金属珪素は純粋なケイ素からなる固体のためこれらの影響を受けずに、珪素の存在がレジストパターンの精度向上に寄与していると立証できます。
結果として、以下の発明の効果が主張されることになります。

【発明の効果】
本発明によれば、クロム系膜をパターニングする際、チャンバー内に珪素を含む物質を存在させてドライエッチングすることにより、レジスト膜のエッチング耐性が向上し、クロム系膜のパターンの精度を向上させることが可能となる。

8/1(木)学習時間:5.75H
・岡野の化学(183)
・クロム系フォトマスクに関する特許のまとめ続き
その他
・3699 テレワーク時代のメール術

8/2(金)学習時間:5H
・岡野の化学(184)
・液体の気化方法について
その他
・勉強方法の確立

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うずら
〈レバレッジ特許翻訳講座16期生〉 翻訳とは無関係の会社員生活を送っていたが、30歳になったのを機に「これが最後の進路選択のチャンス」と考え直し、文系出身・翻訳未経験から特許翻訳者への険しい道を進むことを決意。