クロム系フォトマスクの形成方法に関する特許(特開2002-343769)①

ここ2週間ほどは長めのブログ記事を書くことを目標にして3500~6000字くらいの記事を書いています。
以前は2000~3000字程度だったのでだいぶ増えましたが書くスピードはまだあまり変わらず、かかる時間も増えてしまいました。
そのため最近ブログの更新ペースが落ち気味ですが、書くスピードも上げていけるように継続して長めの文章を書く練習をしていきます。

今回はクロム系フォトマスクの形成方法に関する特許(特開2002-343769)を読んだので、その内容をまとめます。

クロム系フォトマスク

明細書の中身に入る前に、クロム系フォトマスクとはどのようなものかをまず確認します。

フォトマスクとは

フォトマスクとは何かというと、電子部品の製造工程で回路パターンを転写する際の原版になるものです。
下図のようにコンデンサレンズで集約した光でフォトマスクを露光し、フォトマスクを通過した光がさらに投影レンズを通ることで、フォトマスクの回路パターンを縮小したパターンがウェハ上に描画されます。

https://semi.nikon.com/technology/story02/

フォトマスクの種類

「クロム系フォトマスク」という言い方をするからには別の種類のフォトマスクもあります。
素材に注目すると大まかに次のように分けられます。

図はこちらより引用

エマルジョンマスクとフィルムマスクは基板がガラスかPETかという違いだけで他の点は同じです。
以前の記事で銀塩写真の原理について書きましたが、その際に使われていたのと同じく、ハロゲン化銀がゼラチンの中に分散した乳剤膜が基板上に形成されています。

ガラスとPETでは温度や湿度による伸縮の度合いが違っており、ガラスの方が温度や湿度の変化による影響を受けにくいです。
そのため、より精密なパターンを形成する場合はガラス基板の方が適していると言えます。
ただし、PET基板の方が低コストで済みます。

クロム系マスクはガラス基板の上にクロムの層が形成されて、さらにその上に光の反射を防ぐ役割の酸化クロム層が形成されています。
クロムそのものは金属ですので、結晶中に多くの自由電子が存在します。

https://optica.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-97a0.html

この自由電子に光がぶつかって反射するため、クロムの反射率は高くなります。
そこで酸化物を形成して反射を抑えているのです。
さらにこの上にペリクルと呼ばれる防塵目的のカバーのようなものが付けられる場合もあります。

クロム系フォトマスクのメリット

フォトマスクの種類別の用途は下図のようになっています。

https://k-mitani.co.jp/mask/photo.html

半導体やMEMSの製造には精緻な描画が可能なクロム系のフォトマスクが使われていることが分かります。

クロム系フォトマスクのメリットとしては、次のようなものがあります。
 ①耐久性に優れ、繰り返しの利用や洗浄が可能
 ②エマルジョンマスクよりも粒子サイズが小さく均一な膜ができるため微細な画像ができる
 ③遮光性が高いためパターンをより正確に転写できる

コスト面ではエマルジョンマスクやフィルムマスクに劣りますが、高温での処理や非常に微細な加工を行う電子部品の製造にはクロム系フォトマスクが適していると言えます。

請求の範囲

では、明細書の中身を見ていきます。

いつもは特許明細書を読むときは【発明の詳細な説明】を読んで、
従来技術のどこに問題があって、それをどのように解決する発明なのか、というのを押さえてから読むことにしていますが、
今回は請求項が少ないので【特許請求の範囲】から読み始めました。

短いので全文引用します。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 透明基板上にクロム系膜を形成し、その上にレジストパターンを形成し、該レジストパターンをマスクとして用いてクロム系膜をチャンバー内においてエッチングガスによりドライエッチングするに際し、上記チャンバー内に珪素を含む物質の存在下でドライエッチングを行うことを特徴とするクロム系フォトマスクの形成方法。
【請求項2】 珪素を含む物質が金属珪素である請求項1に記載のクロム系フォトマスクの形成方法。
【請求項3】 珪素を含む物質が塩化珪素化合物である請求項1に記載のクロム系フォトマスクの形成方法。

請求項1

何に関する特許なのか、ということを一番簡単に表すと、
①「クロム系フォトマスクの形成方法」についての特許と言えます。

そして、その「形成方法」が以下のプロセスになります。
 ②透明基板上にクロム系膜を形成し、
 ③その上にレジストパターンを形成し、
 ④該レジストパターンをマスクとして用いてクロム系膜をチャンバー内においてエッチングガスによりドライエッチングする

さらに上記④の際に以下の特徴があります。
 ⑤チャンバー内に珪素を含む物質の存在下でドライエッチングを行う

フォトマスクのパターンをウェハ上のレジストに転写した後に、レジストをパターンに合わせて加工するプロセスもエッチングですが、
この請求項で出てくるエッチングはマスク本体に元となるパターンを形成するために行うものを指しています。

下図のようなイメージになるかと思います。

文字を読んだだけの段階では気づかなかったのですが、図にしてみると、
「珪素を含む物質」とは具体的にどんな化合物が該当するのか、
「珪素を含む物質」と、エッチングの際のイオンやラジカルとが何か反応するのか、
「珪素を含む物質」の状態はどうなっているのか(図では仮に気体状態として書いてみました)、
など気になる点が出てきました。

請求項1は権利範囲が最も広くなるように書かれています。
以上の②~④をすべて具備した①でなければ権利の対象にはなりませんが、
逆に②~④を具備した①であれば、その範囲内でバリエーションを付けられるということになります。

以下の要素についてバリエーションを変化させることができそうだと推測します。
 ①「クロム系膜」の種類
 ②「透明基板」の種類、「透明基板上にクロム系膜を形成」する際の方法
 ③「レジストパターンを形成」する方法
 ④「エッチングガス」の種類
 ⑤「珪素を含む物質」の種類

請求項2、3

続いて【請求項2】と【請求項3】を読んでみます。

【請求項2】 珪素を含む物質が金属珪素である請求項1に記載のクロム系フォトマスクの形成方法。
【請求項3】 珪素を含む物質が塩化珪素化合物である請求項1に記載のクロム系フォトマスクの形成方法。

【請求項1】を図解してみて私が一番気になったのは「珪素を含む物質」についてでしたが、その点は【請求項2】と【請求項3】で限定されていました。
「珪素を含む物質」には「金属珪素」と「塩化ケイ素化合物」が考えられるということです。
しかし、これだけではまだイメージがわかないので実施形態のところでもう少し具体的に出てくるのかなと思います。

【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】

まず、クロム系膜のエッチング方法としては、ウェットエッチングからドライエッチングに移り変わってきているということが書かれています。
ウェットエッチングとドライエッチングについて一般的にどのような違いがあるか確認しておきます。

ウェットエッチング

ウェットエッチングは、化学溶液を使うことで、パターンに合わせてクロム系膜の不要な層を腐食させて除去します。
ドライエッチングに比べて加工のスピードが速いですが、プラズマなどを使用しないためレジストへの負担は抑えられます。
またコストもドライエッチングに比べて安く抑えられます。
ただし、ドライエッチングに比べて加工の精密さは劣ります。

ドライエッチング

ウェットエッチングが化学溶液に浸すタイプのエッチングだったのに対して、乾いた状態で行うエッチングです。

大きく分けて次の3種類があります。
 ①ガスエッチング
 ②スパッタエッチング
 ③反応性イオンエッチング(RIEエッチング)

https://semi-journal.jp/basics/process/etching.html#google_vignette

①ガスエッチングは、
ガス状態の薬品を被エッチング材料と化学反応させることで不要部分を除去する方法です。

②スパッタエッチングは、
ArやHeなどの不活性ガスをプラズマにし、生成したAr+やHe+などのイオンを不要部分にぶつけることで物理的に除去する方法です。

真空状態でエッチングガスに強い電圧をかけることで、原子の軌道から電子が飛び出して電子やイオンが自由に動き回るプラズマ状態になります。
この方法では、通常は最外殻が満たされて安定しているためイオンになりにくい希ガスでもイオンになります。
希ガスはイオン化した状態でも比較的安定した電子配置をとっていて反応性に乏しいため、望ましくない化学反応を防げます。

③反応性イオンエッチングは、
スパッタエッチングと同じくエッチングガスをプラズマ状態にします。
相違点は、不活性ガスだけではなく、反応性のガスもプラズマにする点です。

不活性ガスから作られるイオンはスパッタエッチングと同じく物理的なエッチング、活性ガスから作られるラジカルは化学的なエッチングになります。
先にラジカルが対象物に吸着し、そこへイオンがぶつかって対象物の分子同士の結合を切ると同時に運動エネルギーが変換されて発熱します。
そのため、ラジカルとの反応が進行しやすくなります。
ドライエッチングの中で最もよく使われる方法です。

ドライエッチングはウェットエッチングに比べて精密な加工が可能なため半導体製造などでよく使われます。
一方でコストが高いことと、プラズマによってレジストが損傷しやすいというデメリットがあります。

等方性と異方性

ウェットエッチングとドライエッチングはさらに、それぞれ等方性エッチングと異方性エッチングの2種類に分かれます。

等方性と異方性とは、次の意味で使われます。
(異方性には、「方向性」や「指向性」という言い方もあります)
 等方性:対象物の性質や分布が方向によらず均一であること
 異方性:対象物の性質や分布が方向によって異なること

例えば、磁石について、複数の結晶粒の磁石が集まって大きな結晶の磁石をつくるとき、
個々の結晶粒の向きがバラバラで全方向に対して磁気特性が等しい等方性磁石と、
結晶粒の向きがそろっていて、全体としてある特定の方向に強い磁力を発揮する異方性磁石があります。

https://www.magnetsheet.net/info/index.html

他には、熱の伝わり方に注目して素材を分類すると、
金属のように全方向に等しく熱が伝わる等方性の素材と、
層構造を持っていて特定の方向にだけ熱を伝えやすい異方性の素材があります。

https://www.cradle.co.jp/media/column/a168

さて、エッチングの話に戻ると、
等方性エッチングとは全方向に等しくエッチングが進行するタイプ、
異方性エッチングとは特定の方向にエッチングが進行するタイプ、となります。

下図にそれぞれ図解されています。
 (a)がウェットエッチングの等方性エッチング
 (b)がウェットエッチングの異方性エッチング
 (c)がドライエッチングの等方性エッチング
 (d)がドライエッチングの異方性エッチング

https://xtech.nikkei.com/dm/article/WORD/20090420/169043/

等方性の場合はレジスト部分の下側もえぐり取られていることが分かります。
ウェットエッチングとドライエッチングのそれぞれに等方性と異方性が存在しますが、ウェットエッチングは基本的に等方性、ドライエッチングは基本的に異方性に適しています。

ウェットエッチングでは薬液を使うので、液体の広がる方向をコントロールするのが難しく全体に均一に広がって反応が起こります。
ウェットエッチングで異方性エッチングを行うには、反応種の拡散・吸着・反応生成物の生成・反応生成物の脱離、のそれぞれに要する時間をコントロールする必要があり、反応生成物の生成にかかる時間が他の段階よりも長い場合に異方性エッチングになります。

ドライエッチングの場合は、発生したイオンを垂直方向に加速させて対象物にぶつけることで、異方性のエッチングが可能になります。
反応性イオンエッチングの場合も、ラジカルのみであれば等方性になりやすいですが、イオンと組み合わせることでイオンの進行する垂直方向の反応が優先されて異方性エッチングとなります。

上の図の(b)と比較してみても、ドライエッチングの方が断面が垂直になっていて、異方性エッチングに適していることが分かると思います。
ドライエッチングで等方性にする場合は、均一に広がって反応を起こしやすい化学ガスやラジカルを使います。

クロム膜のエッチングに関する従来技術の課題

さて、明細書に戻ります。

クロム膜のエッチング方法としては、最初はウェットエッチングがメインでした。

エッチング液には、硝酸セリウムアンモニウム((NH4)2Ce(NO3)6)と過塩素酸(HClO)などの混合水溶液が用いられ、
次の反応が生じてクロム膜が除去されます。

しかし、ウェットエッチングは上で見たように等方性エッチングになりやすく、その場合はレジスト膜の下側部分の膜もサイドから削られてしまいます。
この現象をサイドエッチングシフトと呼んでいます。

ウェットエッチングで処理しようとした場合、サイドエッチングシフトの分を考慮してあらかじめパターンを太めに設計しておかないといけなくなり、微細な加工は困難です。

そこでドライエッチングが代わりに用いられるようになりました。
先ほど見てきたようにドライエッチングだと異方性エッチングになりやすいため、微細な加工に適しています。

しかし、ドライエッチングにも問題点がありました。
クロム系膜のドライエッチングガスとしては塩素ガスと酸素ガスの混合ガスを用いて塩素ラジカルと酸素ラジカルが作られ、以下のような反応が生じます。

酸素がないとこの反応は起きないため、クロム膜のエッチングはできません。
ところがこの酸素ラジカルが、クロム膜だけでなくレジストもエッチングしてしまうのです。

レジストがエッチングされて次第にパターンのライン幅が狭くなっていくので、それに合わせてクロム膜も段々に細くなっていき、クロム膜のパターンが台形になってしまいます。

このようなフォトマスクを使うと、できるウェハのパターンは先端がぼやけたものになってしまいます。

この問題を解決する方法としてはエッチング前にレジストの耐性を上げるような前処理をする方法が従来採られてきましたが、工程時間が長くなるという課題がありました。

以上の問題を解決して「寸法精度の高いパターンを有するクロム系フォトマスクを形成する方法」としては、ドライエッチングを使いつつ、短い工程でレジストの耐性を上げるということが求められます。
その具体的な方法が続く【課題を解決するための手段及び発明の実施の形態】に示されています。

今回は書ききれなかったので、また次回の記事で続きを書きたいと思います。

参考)
・豊田裕康 矢田俊雄 板坂隆史 伊藤和男「高精度クロムマスク」電気化学 Vol.40, No.7, 1972
・佐野尚武「フォトリソグラフィ(2) エッチング技術」表面技術 Vol.46, No.9, 1995
・下川房男「エッチング技術の基礎」精密工学会誌 Vol.77, No.2, 2011

7/29(月)学習時間:3.25H
・岡野の化学(180)-(181)
・クロム系フォトマスクの形成方法に関する特許(従来技術、発明が解決しようとする課題)

7/30(火)学習時間:7.25H
・岡野の化学(182)
・クロム系フォトマスクの形成方法に関する特許(最後まで)
その他
・3256 高速液体クロマトについて書く

7/31(水)学習時間:6.75H
・クロム系フォトマスクの形成方法に関する特許のまとめ
課題)
・クロム系フォトマスクの形成方法に関する特許のまとめの続き

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うずら
〈レバレッジ特許翻訳講座16期生〉 翻訳とは無関係の会社員生活を送っていたが、30歳になったのを機に「これが最後の進路選択のチャンス」と考え直し、文系出身・翻訳未経験から特許翻訳者への険しい道を進むことを決意。