岡野の化学でコロイドの章を学習した際にゼラチンがカメラのフィルムに使われているということを知りました。
そこで白黒・カラーそれぞれのフィルム写真の原理と、その技術の応用について調べてみました。
白黒フィルム写真の原理
フィルム写真にはハロゲン化銀が使われることから、銀塩写真とも呼ばれます。
銀塩写真のフィルムの基本構造は、支持体と呼ばれるフィルムベースの上に液状の乳剤を塗布して乾かした下図のような構造になっています。
乳剤とは、感光性のハロゲン化銀をゼラチン中に分散させてできた層です。
ここでのゼラチンはバインダーの役割を果たしています。
塗膜形成の主要素となる結合剤をバインダーと言います。
異なる材料同士を結びつけるという点では接着剤と似ていますが、
バインダーの場合はただ異なる物質同士を結びつけるだけでなく、充填剤となって複数の粒子や材料を一緒に固める役割があります。
白黒フィルムから写真を作る工程には、
露光⇒現像⇒定着
のプロセスがあります。
以下、順を追って見てみます。
露光
撮影前のフィルムはカメラ内で暗室状態にありますが、撮影時にはシャッターが開き、被写体から反射された光がカメラのレンズを通ってフィルムに上に投影され、乳剤層のハロゲン化銀が露光します。
露光したハロゲン化銀は以下の化学反応により表面に微細な銀核を形成します。
この際の露光の強さによって銀核のできやすさが変わり、濃淡を作る素となります。
ハロゲンをXとおくと、次のような反応でハロゲン化銀が銀に変化します。
2AgX→ 2Ag + X2
銀核がつくる像は肉眼では見えないため、潜像と呼ばれます。
これを目に見える像に変えるのが次の現像工程です。
現像
潜像ができたフィルムを現像液に浸します。
ゼラチンには、三次元の網目構造に水分を含んで膨潤しやすいというゲルとしての性質があります。
そのため、フィルムを現像液に浸すと容易に乳剤層に現像液が侵入します。
前回の記事でゾル―ゲル転移について書きましたが、ゼラチンのゾル―ゲル転移の性質は写真フィルムのバインダーとして適しています。
ゾル状態でハロゲン化銀を分散させ、液体の状態で支持体の上に塗布することが可能で、塗布後すぐに冷却して均一な膜を作れます。
さらにこれを乾燥させると現像液を吸収して膨潤し、膜全体に現像液を拡散しやすくなります。
現像液の主成分はヒドロキノンなどの強力な還元剤です。
ヒドロキノンはベンゼン環のパラ位の水素原子2つがそれぞれOH基に置換された構造をしていますが、このOH基のH原子を放出して容易に酸化し、p-キノンになります。
ハイドロキノンは自身が酸化されて相手を還元する還元剤となります。
前の工程でできた銀核が触媒となり、ハロゲン化銀は現像液によって還元されます。
銀核ができていないハロゲン化銀は反応が進まず、銀になりません。
銀核が触媒になるのはなぜかを以下に見てみます。
まず、露光したハロゲン化銀粒子から電子が励起します。
光の粒がぶつかってそのとき受け取るエネルギーで電子が本来の軌道の外側に飛び出すようなイメージです。
本来の軌道を飛び出した電子は自由電子となりますが、ハロゲン化銀の結晶の中には自由電子が入り込みやすいエネルギー領域があります。
またハロゲン化銀結晶の中には一定割合でAg+のイオンの形で動けるものが存在し、その銀イオンとトラップされた自由電子とが反応すると容易に還元されて銀が析出するというしくみです。
定着
現像後は未露光部分にハロゲン化銀粒子が残った状態になっています。
このままだと強い光が当たった時に残っていたハロゲン化銀が反応してしまう恐れがあります。
そこで定着液によって未反応のハロゲン化銀を溶解、除去するのが定着工程です。
定着液にはハロゲン化銀を溶解する力のある成分が使われ、主成分はNa2S2O3(チオ硫酸ナトリウム)などのチオ硫酸塩です。
例えば塩化銀にチオ硫酸ナトリウムを加えると次のような反応が起こり、錯イオン(ビス(チオスルファト)銀(I)酸イオン)ができて溶解します。
AgCl + 2Na2S2O3 → [Ag(S2O3)2]3- + 3Na+ NaCl
以上の一連のプロセスをまとめると下図のようになります。
ネガポジ反転
被写体の白く(明るく)見える部分は光を反射し、黒く(暗く)見える部分は光を吸収しています。
そのため、被写体の白い部分から反射された光はフィルムへ届きやすく露光しやすくなります。
逆に黒い部分からはフィルムへ届く光が少ないのでフィルムはほとんど露光しません。
しかし、現像プロセスで析出する銀は強く光を吸収して黒い像を形成します。
つまり露光量の多い白い部分が、現像後には逆に黒い部分として現れることになります。
こうしてできたネガフィルムは、被写体と白黒反転しています。
そこでネガ像をさらに露光して、ハロゲン化銀の塗られた印画紙にプリントすることで、上で見てきたのと同様の原理によってネガ像が白黒反転した正しい色合いになるのです。
カラーフィルム写真の原理
カラーフィルムの場合はハロゲン化銀に加えてカプラーと呼ばれる色素の原料となる物質が用いられます。
カプラーには吸収する光の波長が異なる複数の化合物が使われます。
感光する波長(青・緑・赤)別のカプラーを含むゼラチン層がフィルムベースの上に積み重なったフィルム構造になっています。
それぞれのカプラーの層にはハロゲン化銀も一緒に入っています。
工程も白黒フィルムとは少し異なり、
露光⇒現像⇒漂白⇒定着
のプロセスがあります。
それぞれ順に見ていきます。
露光
露光によってハロゲン化銀が銀核を作り潜像を生じるという点は白黒フィルムと同様です。
現像
現像液にフィルムを浸すことで銀核を持っているハロゲン化銀が銀になるというところも白黒フィルムと同様です。
白黒フィルムと異なるのは、現像液とカプラーの反応です。
現像液の主成分(現像主薬)には還元剤が使われているということを書きましたが、ハロゲン化銀が還元されて銀になる一方で、現像主薬は酸化されます。
この現像主薬の酸化物とカプラーが反応することで色素が形成されます。
それぞれの色素を形成するカプラーは以下です。(吸収する光の波長との対応は後述)
イエローカプラー:アシルアセトアニリド
マゼンタカプラー:5-ピラゾロン
シアンカプラー:フェノールまたはナフトール
それぞれ下図のQDI(現像主薬の酸化物)とカップリング反応を起こします。
漂白
現像された銀はカラーフィルムでは不要のため、漂白液中で酸化されて元のハロゲン化銀に戻されます。
この点は白黒フィルムと大きく異なります。
定着
露光されていないハロゲン化銀と、前記の漂白工程で元の状態に戻したハロゲン化銀とを、すべて定着液で溶解して除去します。
未反応のカプラーが残っていると思われるかもしれませんが、だけが未反応のカプラーは透明のためそのまま残しておいて問題ありません。
以上の一連の工程を図にすると以下のようにまとめられます。
ネガポジ反転
カラーフィルムの場合も白黒フィルムと同様に、定着工程の後にできるネガフィルムは被写体の色と反転したものになっています。
そこで白黒フィルムの場合と同じくネガフィルムを再度露光、現像してカラー印画紙にプリントします。
カラーフィルムの色の反転については、光の三原色と色の三原色の関係を考えます。
光の三原色は、青・緑・赤の3色を指します。
これら3つの色の強度を変えて混ぜ合わせると人間の目に見えるほとんどすべての色が表現できます。3色全てを混ぜ合わせると白になります。
カラーテレビ、PC、スマートフォンなどの発光体はこの光の三原色を使ったものです。
色の三原色は、イエロー・マゼンタ・シアンの3色を指します。
これは光の三原色から一つを吸収した残りの波長を表したものです。
私たちが見ている物体の色は、その物体に吸収されずに反射された光を認識しています。
例えばバナナが黄色に見えるのは、バナナが青の光を吸収して赤と緑の波長の光を反射するためです。
光の三原色のうち青色の光が物体に吸収されたとすると残りは赤と緑で、赤と緑がまざったところが黄色になっているのが図から分かります。
この黄が色の三原色の1つになっています。このとき、青と黄は補色の関係にあると言います。
同様に、緑の光が吸収された場合は赤と青が混ざったマゼンタができて、これが色の三原色の2つ目になります。
赤の光が吸収された場合は青と緑が混ざったシアンができ、これが色の三原色の3つ目になります。
そこでカラーフィルムに含まれている青・緑・赤に感光するカプラーは、それぞれの補色となるイエロー・マゼンタ・シアンに色付いて、被写体と色が反転したネガフィルムができるのです。
銀塩写真技術の応用―イムノクロマト法
銀塩写真の原理を見てきましたが、2000年頃からのデジタル写真技術の急速な発展に伴い、フィルムカメラの需要は低下しています。
そこで銀塩写真によって培われた技術がどのように別領域に展開されたかという点に注目する必要があります。
銀塩写真の技術を医薬分野に応用したものにイムノクロマト法というものがあります。
これは銀塩写真の現像工程で還元剤と触媒作用を用いて銀の成長速度を高めるという銀増幅技術を応用した例です。
イムノクロマト法は、検体を滴下することにより病気の有無を調べる抗原・抗体検査方法です。
コロナウイルスやインフルエンザなどのウイルス感染症、妊娠の検査などに使われ、検体を滴下するだけで15分程度の短時間で結果が出るという簡便さ・迅速さにメリットがあります。
検体を滴下すると、金コロイド標識抗体と検体がセルロースでできた膜の中を流れていきます。
標識抗体とは、特定のタグのようなものを化学反応によって付加した抗体のことです。
金コロイド標識抗体であれば金コロイドがタグにあたります。
膜の途中に捕捉抗体が用意されており、検体に抗原(ウイルス等)が含まれる場合は、金コロイド標識抗体+検出対象が捕捉抗体と結合し、陽性反応であることを示すテストラインが現れます。
さらに進んだところにもう1か所捕捉抗体が用意されていて、金コロイド標識抗体と結合し(陽性・陰性に関わらず結合する)、検査終了の目印となるコントロールラインが現れます。
テストラインとコントロールラインは目視で確認が行われますが、そのままの金コロイド粒子では直径0.05㎛程度と非常に小さく、目視で確認しにくいという問題がありました。
そこで用いられたのが銀塩写真の銀増幅技術です。
金コロイドが銀核の代わりとなって、そこに還元剤と銀イオンを加えることで、金コロイド標識があるところにのみ金属銀を生じさせます。
これにより、金コロイド粒子のおよそ100倍の大きさの金属銀を形成することができるようになり、目視での確認が容易になりました。
すでに持っている技術を別分野で新たに展開するという企業の姿勢は、自分が特許翻訳の専門分野を広げていくことを考えるうえでも参考にしていきます。
参考)
・久下謙一「光と放射線による銀塩写真の感光の原理」日本写真学会誌. 79巻-1号, 2016
・久米裕二「カラーネガフィルムの技術系統化調査」国立科学博物館 技術の系統化調査報告 第17集, (独)国立科学博物館 産業技術史センター 編, 2012
7/27(土)学習時間:11H
・岡野の化学(174)-(176)
・写真フィルムの原理についてまとめ
課題)
・コロイドについての英語の資料を読む
その他
・1043 加硫・架橋・硬化
・3224 論理的思考のコアスキル
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