鉄の変態・熱処理について

先日特許明細を読んでいて「アニール」という言葉が出てきました。
アニールは熱処理の一種です。特許に出てきたのは半導体のアニール処理なのですが、金属や樹脂にもアニール処理があるということが分かったので、まず金属のアニール処理について調べ始めたところ、鉄が特異な性質をもつということが分かりました。

鉄と鋼

私たちが日常的に「鉄」と呼んでいるものは、ほとんどが鉄と炭素の合金(鉄に炭素を0.02~2wt%程度加えたもの)であるのことだそうです。
鉄には他にもSi,Mn,P,Sなどが含まれますが、材料の性質に最も大きな影響を与えます。
鉄そのものはやわらかい金属ですが、炭素を含むことで硬さや強さを出すことができ、様々な製品に応用できるようになります。

鉄(鋼)の変態

変態とは、ある固体物質の化学組成は同じだが物理的性質が異なるものを言います。
ここには結晶構造の変化や磁気変化が含まれます。

鋼にはこのような変態が起こる5つの温度があり、変態点と呼ばれます。
磁性についても調べないといけませんが課題としておいておき、今回は熱処理において重要なA1・A3に注目してみます。

 A1(727℃):共析変態が起こる(パーライトが析出)
 A3(910℃):α鉄からγ鉄へ結晶構造が変化する

まずA3で何が起こるのかを見てみます。

鉄の結晶構造は常温では体心立方格子(bcc)ですが、910℃を超えると面心立方格子(fcc)に結晶構造が変わります。
そして1400℃ほどになるとまたbccに戻り、1538℃を超えると融解します。
通常はそこまで高温の処理をしないので、最初のbccからfccへの変化が重要になります。910℃までのbccの鉄をα鉄、910℃を超えてfccになった鉄をγ鉄と呼びます。

鋼の場合は炭素原子が含まれますので、それぞれの結晶格子の中にどのように炭素が入っていくのかが問題になります。

岡野の化学で結晶について学習したとき、bccの充填率は68%、fccの充填率は74%ということを確認しましたので、Feの充填率が高いfccの方が炭素原子を取り込める量は少ないような気がしてしまいますが、実はfccの方が炭素原子を取り込める量は多くなります。

それはbccからfccに結晶構造が変化するにあたり、単位格子の1辺の長さが長くなり(2.86Åから3.56Å、約1.24倍)、Feの原子間距離が広がるため、間に炭素原子を取り込めるようになるのです。

α鉄の場合は最大で0.02wt%ほどしか取り込めませんが、γ鉄になると最大で2wt%程度まで取り込めるようになります。
このように元の結晶構造を保ちつつ他の原子を結晶の中に取り込むことを固溶といい、ある温度で他の原子を固溶できる最大の濃度を固溶限といいます。

岡野の化学で溶解度は温度によって変化すると学習したように、固溶限も温度の影響を受けます。
上記でα鉄では0.02wt%、γ鉄では2wt%と言っているのは、様々な温度を考慮したうえで最大の固溶限という意味です。

鉄の場合は加熱によりbccからfccへと変化しますが、結晶構造が変化しないものや常温でfccの状態からbccに変化するものもあります。
鉄は加熱によって炭素を固溶することができるという特徴をもつため、熱処理が効果を発揮すると言えます。

平衡状態図

α鉄・γ鉄はそれぞれの固溶限を超えてしまうとそれ以上は炭素を取り込めなくなり、取り込めなくなった部分は結晶構造が変化して斜方晶のFe3C(セメンタイト)という物質になります。
(さらに炭素濃度が増えて6.7wt%以上になるとグラファイトとして分離します)

また、
 α鉄に炭素原子が固溶したものをフェライト
 γ鉄に炭素原子が固溶したものをオーステナイト
と呼びます。

鋼の熱処理においては一度加熱してオーステナイトの状態にして元素を均一にした後、もう一度冷却する工程を伴いますが、A1変態点(727℃)になるとパーライトと呼ばれる、フェライトとセメンタイトが縞状に並んだ組織(結晶粒が集まってつくる相)を形成します。
このように2つの相にわかれることを共析といいます。

鋼においては727℃で炭素の重量パーセント濃度が0.77の点では、パーライトのみが現れ、この点を共析点と呼びます。また、
 共析点よりも炭素量が少ないものを亜共析鋼
 共析点よりも炭素量が多いものを過共析鋼
と呼びます。

過共析鋼は炭素含有量が高いため硬度と強度が高く、耐摩耗性が求められる切削工具などに利用されます。
亜共析鋼は炭素含有量が少ないためより柔らかく加工がしやすいため、機械構造用鋼や加工用薄鋼板など広く利用されています。

熱処理の種類

鋼の熱処理には以下の種類があります。

 ・焼入れ(焼戻しをセットで行う)
 ・焼なまし
 ・焼ならし

これらは一度鋼を加熱してオーステナイトの状態にしてから(焼なましについてはオーステナイトになる手前までしか加熱しない方法もあります)冷却を行いますが、主にその冷却の速度によって区別されています。

焼入れ

オーステナイトを急速に冷却する方法です。
急速冷却により、先ほどの平衡状態図には載っていないマルテンサイトと呼ばれる組織が得られ、これは非常に硬い組織のため、材料を硬化する目的で行われます。
ただしこのままでは靭性(外部からの衝撃に対する破壊されにくさ)がないため、焼戻しという再加熱を経て硬さや靭性を調整します。

マルテンサイトがどのようにできるかというと、
fccのオーステナイトが冷却されてbccに戻るとき、通常はbccにはほとんど炭素原子を固溶できないため炭素を外に出た状態でbccに変化しますが、急速に冷却することで炭素原子を取り込んだままbccに変化しようとします。
その結果、bccの格子が伸び縮みして立方体から直方体に変化し、炭素原子を固溶した体心正方晶(bct)になります。

焼なまし

金属の熱処理でアニーリングと呼ばれるものはこれを指すようです。
時間をかけてゆっくりと冷却することにより、加工性に富んだやわらかい鋼を作ることができるため、加工前のプロセスで行われます。
目的に応じていくつか種類がありますが、残留応力(両端を引っ張るなど外部から力を加えた後、力を加えるのをやめても物体の内部に残る力。亀裂や歪みの原因になることがある)を取り除く目的などがあります。

焼ならし

焼ならしは前加工での影響を取り除き、結晶粒を微細にし、機械的性質を改善する目的で行われます。
ややゆっくりとした速度で冷却します。
焼入れが鋼を硬化する工程、焼なましが鋼を軟化する工程であるのに対し、焼ならしはある程度の固さと粘りを与える処理とされます。

調べ始めるととても深いテーマでノート整理にほぼ丸1日かかってしまいましたが、
結晶格子については岡野の化学で基礎を勉強したのと、固溶については溶解度や再結晶の考え方と似ているところもあったのでその点は知識をリンクできました。
磁性と応力については橋本の物理をやってからもう一度調べる課題にしています。
関連する特許を探す時間がなかったので、今日はいくつか見てみます。

参考)
「工業加熱」Vol. 57 熱処理知識向上のための基礎講座
㈱ISS山崎機械のサイト 技術コラム「熱処理により鋼の性質が変化するしくみ」
東京工業大学 講義資料
大阪大学 講義資料
「100万人の金属学 基礎編」

6/15(土)学習時間:12.5H
・岡野の化学(123)~(124)
・鋼の熱処理について

課題)
・樹脂の熱処理、ガラス転移温度について調べる
・鉄の変態に関する特許でどんなものがあるか見てみる

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うずら
〈レバレッジ特許翻訳講座16期生〉 翻訳とは無関係の会社員生活を送っていたが、30歳になったのを機に「これが最後の進路選択のチャンス」と考え直し、文系出身・翻訳未経験から特許翻訳者への険しい道を進むことを決意。