CMP後洗浄用組成物に関する特許明細書の対訳学習②

前回と同じCMP後洗浄用組成物に関する特許明細書の一部を取り上げて訳を検討したいと思います。

検討箇所

【原文】
The invention further provides a method for polishing and cleaning the surface of a semiconductor wafer. The method comprises, consists of, or consists essentially of:
 (a) providing a polishing pad, a chemical-mechanical polishing composition, and a semiconductor wafer;
(b) contacting the semiconductor wafer with the polishing pad and the polishing composition;
(c) moving the polishing pad relative to a surface of the semiconductor wafer with the polishing composition therebetween to abrade the surface of the semiconductor wafer and thereby polish the surface of the wafer such that the polished surface of the wafer contains contaminants from the chemical-mechanical polishing composition;
and (d) contacting the polished surface of the semiconductor wafer that contains contaminants with a cleaning composition as described herein to remove at least some of the contaminants from the polished surface of the semiconductor wafer.

【公開訳】
本発明は、更に、半導体ウエハーの表面の研磨及び洗浄方法を提供する。方法は、
(a)研磨パッド、化学機械研磨用組成物、及び半導体ウエハーを準備すること;
(b)半導体ウエハーを研磨パッド及び研磨用組成物と接触させること;
(c)研磨用組成物を介在させながら研磨パッドを半導体ウエハーの表面に対して動かして半導体ウエハーの表面を摩耗させることでウエハーの表面を研磨し、その結果ウエハーの研磨された表面が化学機械研磨用組成物由来の汚染物質を含むこと;
並びに(d)汚染物質が付着した半導体ウエハーの研磨された表面を本明細書に記載の洗浄用組成物と接触させて半導体ウエハーの研磨された表面から少なくとも一部の汚染物質を除去すること;
を含む、またはこれらからなる、またはこれらから本質的になる。

moving~relative to の訳

moving the polishing pad relative to a surface of the semiconductor wafer の部分を、私は最初に「研磨パッドを半導体ウエハに対して相対的に動かす」と訳しました。

そのあと公開訳の「研磨パッドを半導体ウエハーの表面に対して動かして」という訳を見て、簡潔に表現されていてこちらの方が良いかなと思ったのですが、やはり最初のように「相対的に」と直訳的に訳した方が良いのではないかと思い直しました。

なぜかというと、「AをBに対して動かす」という訳だと、Bは止まっていてAだけが動いているようなイメージになりやすいと思ったためです。

CMPプロセスの場合は通常、回転するプラテン上に取り付けられた研磨パッドだけが動くのでなく、ウエハもキャリアに保持されて別途回転する状態になるため、AもBも両方動いている、というニュアンスが出た方が実際のイメージに近いのではないかと判断しました。

https://www.japanlaser.co.jp/technology/sensofar_cmp_case-study/

abradeとpolishの訳し分け

今回取り上げた箇所で一番悩んだのはabradeの訳です。

abradeを辞書で引くと「研磨する」という訳が出てくるのですが、直後にpolishがあるので、polishを「研磨する」と訳す場合はabradeに他の訳を当てないといけません。

AIを使って違いを確認してみました。

自分:研磨工程において、abradeとpolishはどのように区別されますか?

AI:
研磨工程において、**”abrade”(アブレード)と”polish”(ポリッシュ)**は、材料の表面処理における異なる段階や目的を示す用語です。

    Abrade(アブレード):これは、研削やサンディングなどの粗い研磨によって材料の表面を削り取ることを指します。目的は、形状を整えたり、大きな欠陥や不純物を除去したり、表面を均一にすることです。一般的に、より粗い粒度の研磨剤や工具が使用されます。

    Polish(ポリッシュ):こちらは、より細かい研磨剤や磨き布などを使用して、材料の表面を滑らかにし、光沢を出す工程を指します。これは、最終的な仕上げとして行われ、表面の微細な傷を取り除き、見た目や機能性を向上させます。

要約すると、”abrade”は材料の削り取りや粗加工を意味し、”polish”は表面の滑らかさや光沢を高めるための仕上げ工程を意味します。


これを読むとabradeを「研削」や「粗研磨」などと訳してもよいように思われますが、明細書中では同じCMPの工程の中でabradeとpolishが連続して使われているので、異なる工程のように読める訳は適さないように思われます。

自分:
CMPプロセスの文脈でabradeが使われることは一般的ですか?

AI:
CMP(化学機械研磨)プロセスの文脈では、”abrade”(削り取る)という用語が一般的に使われることはありません。CMPは、半導体製造などで表面を平坦化するために、化学的および機械的な研磨を組み合わせたプロセスです。このプロセスでは、**”polish”(研磨)**という用語が標準的に使用されます。
CMPでは、スラリー中の研磨粒子と化学反応を利用して材料を除去しますが、業界ではこれを**”polishing”と呼び、”abrading”とは区別しています。つまり、CMPプロセスにおいては”polish”が適切な用語**であり、”abrade”はあまり使用されません。

abradeを使うのはCMPプロセスではあまり一般的ではない、と言われてしまいました。Google PatentでCMP関係の特許を調べてabradeが使われているかを確認してみたところ、確かに使用例は少なく、使われている場合は “the various types of debris, such as polishing slurry, wafer debris, abraded material,・・・” など、機械的に削り取るイメージでした。

その点今回取り上げた明細書ではCMP組成物を使いながらabradeするということなので、特に機械的研磨に限定する要素がなく、やはり「研削」や「削り取る」という訳は機械的側面を強調しすぎるような気がします。

abradeを「研磨する」にしてpolishの方を「磨き上げる」とすることも考えましたが、明細書の他の個所ではpolishを「研磨する」と訳した方がおさまりが良いのでこの案は却下にしました。

もう一度abradeを辞書で調べると、「摩損させる」、「摩耗させる」、という訳があり、公開訳も「摩耗させる」としています。

最初はこの訳だとネガティブなイメージが出てしまうのではないかと思って避けたのですが、「摩耗」であれば機械的な作用と化学的な作用の両方に対して使うことができそうです。

また、「摩耗」というキーワードを含めて検索したところ、CMPプロセスに関する論文に以下のような記述が見つかりました。

「作用機構は,ラッピングなどの粗研磨では対象物表層の破壊,仕上げ研磨(ポリシング)では表層の摩耗が中心となる.」(森永 均「研磨剤の基礎と応用」砥粒加工学会誌Vol.68 No.3 2024)

この表現を見ると特に「摩耗」にあまりネガティブなイメージを持たずに研磨プロセスの文脈で使うこともできるように思われます。

というわけで、さんざん悩みましたが結局abradeの訳は公開訳と同じく「摩耗」とするのが良いのではないかというのが今の考えです。

the polished surface of the wafer contains contaminants の訳

the polished surface of the wafer contains contaminants の部分の contains は、意味は「含む」で良いと思うのですが、「ウエハ表面が~含む」というコロケーションに少し違和感を抱きました。
「含む」というと「中に包み込む」といったイメージがあるので、平らな表面上に汚染物質がある状態を「含む」と表現するのがあまりしっくりきませんでした。

そこで、「ウエハ表面に汚染物質が存在する」あるいは「ウエハ表面に汚染物質が付着する」という訳が良いのでないかと考えました。

読みやすさの向上のための工夫

公開訳はcomprises, consists of, or consists essentially of の部分を最後に持ってきて全体を一文で訳していますが、(a)~(d)までの記述が長いので、最初に持ってきて「以下を含む・・・。」でいったん区切って文章を分けることにしました。

また(c)の部分は同じ単語の繰り返しが多く全て原文通りに訳すと冗長になるので、意味の通じる範囲で「研磨パッド」や「半導体ウエハ」を一部省略しました。

polished surface of the wafer は、最初は「研磨されたウエハ表面」と訳しましたが、特に(c)の部分などは受身形が続くと読みづらくなると感じたため、「研磨後のウエハ表面」としました。

まとめ(試訳)

以上をふまえて、自分としては以下のように訳を考えました。

【試訳】
本発明はさらに、半導体ウエハ表面の研磨方法および洗浄方法も提供する。この方法は、以下を含むか、以下から成るか、または、基本的に以下から成る。
(a)研磨パッド、化学機械研磨組成物、および半導体ウエハを用意すること、
(b)半導体ウエハと研磨パッドおよび研磨組成物を接触させること、
(c)研磨用組成物を介在させながら、研磨パッドを半導体ウエハに対し相対的に動かすことでウエハ表面を摩耗させて研磨し、その結果として、研磨後のウエハ表面に化学機械研磨用組成物由来の汚染物質が付着すること、
ならびに(d)汚染物質を含む半導体ウエハと本明細書に記載の洗浄用組成物とを接触させて、研磨後の半導体ウエハ表面から少なくとも汚染物質の一部を除去すること。

今回取り上げた明細書は最後まで確認が終わり、一文ずつ訳しながらタイムを測定してみたので平均を取ったところ、1日8時間計算で2968Word/日でした。

記録だけ見ると最初にしては良いようにも見えますが、今回はかなり事前に時間をかけて下調べをしていた分野だったのでその点は差し引いて考えないといけませんし、副業としてやっていくなら1日に割ける時間はもっと少なくなってしまいます。

個々の訳語も計測した時点では十分に検討できていませんでしたし、こうしてブログ記事を書いていても、一度決めたはずの訳を後から見直して「やっぱりこっちの方が良かったかな」とまた悩んでしまっています。

また、文構造を取り違えたり、canやmayを訳し忘れたり、という痛いミスもありました。

時間をたっぷりかければできるけれど急ぐとボロボロというのでは実戦では通用しないので、まだまだ先は長いです。

ですが、今回一文ずつ計測してどういうところを間違えたか記録してみて自分のミスの傾向が見えてきたので、対策を考えて試行錯誤していきます。

10/3(木)~10/8(火)学習時間計:37.25H
・橋元の物理(75)(76)
・磁気センサの種類と用途について
・常温接合について
・CMP後洗浄用組成物に関する特許の対訳学習(最後まで)

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うずら
〈レバレッジ特許翻訳講座16期生〉 翻訳とは無関係の会社員生活を送っていたが、30歳になったのを機に「これが最後の進路選択のチャンス」と考え直し、文系出身・翻訳未経験から特許翻訳者への険しい道を進むことを決意。