岡野の化学で飽和蒸気圧について学習しました。
洗濯物が乾くしくみと飽和蒸気圧の関係についてのまとめと、飽和蒸気圧が関係する特許について少し書いてみます。
なぜ洗濯物は100℃以下でも乾くのか?
100℃にならなくても洗濯物は十分乾きます。
いつも100℃以下の温度で洗濯物を干しているのですから、これは感覚としてはあたり前のことだと思います。
しかし、洗濯物が乾くというのは洗濯物の水分が蒸発するということですから、
「水が水蒸気になる温度=沸点=100℃」と思っていると不思議に感じるかもしれません。
小学生レベルのこの理解には見落とされていることがあります。
そのひとつが「圧力」との関係です。
水の状態変化と圧力との関係
水(水だけでなく他の物質についても言えますが)の状態変化には、温度だけでなく圧力が関係するのです。
下図は水の状態変化を表した図です。
これを見ると、私たちが一般的に「水が沸騰する温度=100℃」と言っているのは、
大気圧を前提とした話であるということがわかります。
大気圧よりも圧力が高い場合であれば水の沸点は100℃よりも高くなりますし、
大気圧よりも圧力が低い場合であれば水の沸点は100℃よりも低くなります。
なぜこのような違いが出るかということを分子の運動から考えてみましょう。
液体の水分子が気体になるためには、水分子の運動を押さえつける力、すなわち外部の圧力、を超えるだけの大きな運動エネルギーを水分子がもつ必要があります。
外部の圧力が高いということはそれだけ大きな力で押さえつけられているので、液体の水分子はより大きな運動エネルギーをもっていなければ気体になれません。
そのため、与える熱エネルギーを大きくしてやらなければならず、沸点が高くなるのです。
外部の圧力が低い場合はこの逆で、外から水分子を押さえつける力が小さいため、大きなエネルギーを与えてやらなくても水分子は気体になれます。つまり沸点が低くなります。
このような現象を身近な例で見てみましょう。
圧力が低いと沸点が低くなる現象には、山の上でごはんを炊く例があります。
気圧の低い山頂では水が100℃よりも低い温度で沸騰するため、通常の炊飯器で炊くとごはんが生煮えになります。
反対に圧力が高いと沸点が高くなる現象は、圧力鍋の原理に応用されています。
圧力鍋を使って高圧状態にすると沸点が上がるため、より高温での調理が可能になり、調理時間が短縮できます。
また、ある温度での沸点を考えるとき、その温度によって必ず決まった圧力の値になる、ということが見てとれます。
今は液体と気体との関係を議論しているので、三重点から臨界点までの間で考えます。
この部分だけを取り出したグラフが飽和水蒸気曲線です。
飽和蒸気圧とは
「飽和蒸気圧」(単に「蒸気圧」と言ったり、水の場合は「飽和水蒸気圧」と言うこともある)とは、どのようなものでしょうか。
ある温度で真空の容器の中に、液体の水を入れたとします。
すると水の一部は蒸発して水蒸気になります。ところがある程度まで水蒸気になるとそこでストップして、それ以上は水蒸気になりません。
その状態がバランスがとれた状態であるためで、このような状態を「平衡状態」といい、この時の圧力を「飽和蒸気圧」といいます。
平衡状態は実際には液体の水と水蒸気との間で入れ替わりが起きているのですが、全体としてはバランスが取れて反応が止まった状態とみなせます。
少し例え話で考えてみましょう。
20人が一つの部屋に入っているとします。これをAの部屋とします。
階段を上ったところにはまだ誰もいない部屋がもう一つあります。これをBの部屋とします。
AとBの温度は同じです。
以下の関係で例えます。
人:水分子
部屋A:液体の水の相
部屋B:気体の水(水蒸気)の相
部屋の混雑度:圧力
さて、部屋の温度を25℃にしてみます。
20人が一つの部屋Aに入っているのは少々暑苦しいので、1人が部屋Aを出て部屋Bに行きました。
部屋Bに行くには階段を上らないといけないので、エネルギーが必要です。そのため全員が部屋Bに行きたいわけではありません。
また1人、また1人、と出て行って、全部で5人が部屋Bに行きました。部屋Bの5人はこれでちょうどよくなったと思っていますし、部屋Aに残った15人もこれでちょうどよくなったと思っています。
25℃ではこの混雑度で平衡状態になっているわけです。
では、部屋の温度を40℃に上げてみます。
すると今度はもっと多く、8人が部屋Bに行きました。残った12人は部屋Aにいます。
部屋Bに行った人のうち、やっぱり部屋Aの方が空いたんじゃないかな、と思って部屋Aに戻る人もいます。
戻ってきた人を見て、部屋Bの方が空いたかな、と思って部屋AからBに移動する人もいます。
こうした入れ替わりはありますが、全体として部屋Aには12人、部屋Bに8人というバランスは同じです。
40℃ではこの混雑度で平衡状態になっています。
こうしてみると、ある温度において液体と気体が平衡状態になる前までずっと蒸発が起きているということがわかります。
つまり、「水が水蒸気になる温度=沸点」というわけではないのです。
これが最初に書いた小学生レベルの理解で見落とされているもう一つの点です。
蒸発という現象は沸点以下でも起きています。ただしこれは液体表面からの蒸発です。
飽和蒸気圧が外部の圧力と等しくなるときには水の内部から蒸発がおこります。この現象が沸騰、このときの温度が沸点です。
つまり、沸点の100℃にならなくても表面からの水分の蒸発はずっと起きていて、そのため100℃よりもずっと低い温度でも洗濯物は乾きます。
さらに太陽の熱で温められたり、風で表面の水分子が飛ばされたりすると蒸発が促されて早く洗濯物が乾くということになります。
なぜ洗濯物は梅雨や冬の日は乾きにくいのか?
では、梅雨や冬の寒い日に洗濯物が乾きにくいのはなぜでしょうか。
これもやはり飽和水蒸気圧が関係します。
梅雨の時期に洗濯物が乾きにくい理由
梅雨は湿度が高いと言いますが、湿度の表し方には絶対湿度と相対湿度があります。
絶対湿度とは、1立方メートルの空間に水蒸気が何グラム含まれるか、という水蒸気自体の量を表したものです。
それに対して我たちが普段の生活で湿度と呼んでいるものは、相体湿度と呼ばれます。
大気中に水蒸気を含むことのできる限界量である飽和水蒸気量に対し、現在どれくらいの水蒸気が大気中に含まれるかという割合を表したもので、次の式で表されます。
飽和状態になる前は大気中に水蒸気を含むことができるため、洗濯物の水分は蒸発を続けられます。
しかし飽和状態になるとそれ以上は大気中に水分子を含めなくなるため、ある水分子が蒸発したとしても、別の水分子は凝縮して液体の水に戻ってしまう、という現象が起きます。
湿度が高くてすでに大気中に多くの水蒸気が含まれている状態ではすぐにこのような飽和状態を迎えてしまうため、洗濯物の水分はうまく蒸発できません。
そのため、梅雨の時期は洗濯物がうまく乾かない、ということになります。
冬の日に洗濯物が乾きにくい理由
では冬の日はどうでしょうか。
冬場は乾燥していることが多いので、梅雨の湿度の問題はクリアしているように思われます。
しかし上で見てきたように、飽和水蒸気圧は温度によって決まっています。
飽和水蒸気曲線を見ると、温度が高ければ高いほど飽和水蒸気圧は高く、温度が低ければ低いほど飽和水蒸気圧は低くなっています。
このことから、温度が高ければ大気中に多くの水蒸気を含むことができるけれども、温度が低いとわずかな水蒸気しか含めないということが言えます。
また温度が低いということは、温度が高いときと比べて水分子の運動エネルギー自体が小さいということになります。
そのため、液体の水分子が気体になろうとする力が弱くなります。
つまり温度が低いと、洗濯物から水分子が蒸発しようとする力自体が弱く、また水分子が蒸発しようとしたとしても大気中にそれをとりこむスペースが少ない、という理由から、洗濯物の水分が蒸発しにくいと言えます。
よって、寒い冬場は洗濯物が乾きにくい、ということになります。
飽和蒸気圧と特許技術
飽和蒸気圧が特許技術にどのように使われているのかについて特許庁のDBで少し調べてみました。
洗濯物との関係ですぐ連想されるのは衣類乾燥機ですが、やはり特許がありました。
温度を高くすることで飽和水蒸気圧を高め、より多くの水分を蒸発させることができるように、加熱手段を設けています。
また冷凍技術もヒットしました。冷凍庫では冷媒と呼ばれるフロンなどの物質を液体から気化することにより、その過程で起こる吸熱反応を利用して冷却を行います。
この際、冷媒が飽和蒸気圧以下になるようにしておけば冷媒の気化が進むため、管理の指標として飽和蒸気圧が用いられているようです。
この他には半導体のエッチングプロセスでも使われていました。これは材料の飽和蒸気圧の違いを利用して、目的の層だけを選択的に除去するというものです。
例えば、Gaを含む層とSiを含む層を塩素ガスと反応させるとそれぞれGaCl3とSiCl4ができますが、SiCl4はGaCl3よりも飽和蒸気圧が高いので、特定の温度でGaCl3の飽和蒸気圧以上、かつSiCl4の飽和蒸気圧未満の圧力にすることにより、SiCl4を選択的に除去し、Ga層だけを残すことができます。
参考)
・ウェザーニュース “絶対湿度と相対湿度の違いとは”
https://weathernews.jp/s/topics/202002/280095/(参照 2024-07-13)
・バイオウェザーサービス“飽和水蒸気圧を変えて洗濯物を乾かす”
https://www.bioweather.net/column/weather/%E9%A3%BD%E5%92%8C%E6%B0%B4%E8%92%B8%E6%B0%97%E5%9C%A7%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%81%A6%E6%B4%97%E6%BF%AF%E7%89%A9%E3%82%92%E4%B9%BE%E3%81%8B%E3%81%99/ (参照2024-07-13)
7/13(金)学習時間:7H
・岡野の化学(159)続き~(160)
・洗濯物が乾く原理と飽和水蒸気圧の関係についてまとめ
課題)
・途中になっていたEUV用フォトマスク材料についての特許の続きを読む
その他
・せっかく勉強できるはずだった休日ですが、今日・明日と法事で遠方に行くことになってしまいました。読めていなかった本や資料などを持って行って隙間時間をうまく使いたいと思います。
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