誘起効果と共鳴効果の違い

ベンゼン環の水素原子がニトロ基、スルホ基、ハロゲンなどに置き換わる「芳香族求電子置換反応」について勉強しましたので、それに関する英語の資料を読みました。

その中にトルエンのニトロ化の話が書いてありまして、
オルト・パラ位の置換は起こりやすいけれどもメタ位の置換は起こりにくいというのです。

以下、同資料の抜粋です。

その理由は中間体の安定性で説明することができ、
オルトとパラの中間体は共鳴構造で第三級カルボカチオンをつくることができるが、
メタの中間体は第二級カルボカチオンしかつくれないので、オルト・パラ位に対して不安定であるという理由です。

ここまでは理解できたのですが、
読み進めていくと、「置換基がオルト・メタ・パラのどの位置につくかは官能基の性質により、一般に共鳴効果が誘起効果に優先するというルールがある」ということが書いてあるのです。

ここで「???」となってしまいました。
原因は共鳴効果と誘起効果が同じようなものだと考えてしまっていたことにあります。

以前、カルボカチオンの安定性が一級、二級、三級で変わるということを学習しました。

出典:https://www.masterorganicchemistry.com/2011/03/11/3-factors-that-stabilize-carbocations/


そのとき講義ビデオでは「誘起効果」を使って説明されていたのですが、自分で調べたところカルボカチオンの安定化を「超共役」で説明しているものが多く見つかりました。

どちらも周囲のアルキル基が電子供与基として働くという点では同じだったためか、なんとなく「誘起効果」と、「超共役」およびそのもとになっている「共役」「共鳴」とが似たようなものとしてごちゃごちゃになってしまっていたのです。

改めてカルボカチオンの安定性の話で「誘起効果」と「超共役」の違いを整理します。

カルボカチオンの安定性は周囲のアルキル基が電子供与基として働くことによって級数が多くなるほど高まりますが、その説明には誘起効果によるもの超共役によるものとの2通りが存在します。

誘起効果による説明

まず誘起効果というのは、σ結合を介して伝わるもので、電気陰性度およびそれによって生じる分極によるものです。
CとHの電気陰性度を比べてみるとCの方がやや電気陰性度が高いため、C-Hの結合ではCの方がやや電子密度が高くなっています。
この電子をカルボカチオンに与えることでカルボカチオンが安定化します。
周囲に電子を与えるCが多ければその分カルボカチオンは安定するということです。

出典:https://www.masterorganicchemistry.com/2011/03/11/3-factors-that-stabilize-carbocations/

超共役による説明

超共役は、σ結合とπ軌道あるいは空のp軌道とが相互作用する現象です。
C-H結合の電子がC-C結合の空のp軌道に流れ込むことにより、カルボカチオンが安定化するのです。
この超共役がたくさんできるほどカルボカチオンが安定します。

出典:https://www.masterorganicchemistry.com/2011/03/11/3-factors-that-stabilize-carbocations/

超共役と共役・共鳴の関係

共役は、ブタジエンやベンゼンのように単結合と不飽和結合が交互に並んだときに、π結合同士が相互作用することです。
この現象を説明するのが共鳴という考え方で、共役している分子には電子の配置の違いでいくつかの構造が考えられ、その平均的な状態で存在しているというものです。

https://kotobank.jp/word/%E8%8A%B3%E9%A6%99%E6%97%8F%E5%8C%96%E5%90%88%E7%89%A9-131966


共役の場合は二つのπ結合の相互作用でしたが、それをπ結合もしくは空のp軌道とσ結合との関係にあてはめたのが超共役ということになります。

誘起効果と共鳴効果が矛盾する場合

さて、ある官能基が電子を受け取るか押し出すかという観点で考えたとき、誘起効果共鳴効果が矛盾する場合があります。

たとえばメトキシ基-OCH3の場合です。

メトキシ基が炭化水素についているとき、OはCより電気陰性度が高いので、メトキシ基の方に電子が引っ張られます。このように誘起効果で考えるとメトキシ基は電子吸引基として働きます。

https://kusuri-jouhou.com/chemistry/methoxy.html

ところがメトキシ基のついた炭化水素がベンゼン環だった場合、共鳴効果が起こります。
下図のようにOの非共有電子対がベンゼン環のπ結合に流れ込み共鳴するのです。
このように共鳴効果で考えるとメトキシ基は電子供与基として働きます。

https://kusuri-jouhou.com/chemistry/methoxy.html

ベンゼン環にメトキシ基がついたアニソールの場合はどちらが優先されるかというと、
これは一般的に、共鳴効果が誘起効果に優先するようです。


実は、最初に見た英語の資料の「置換基がオルト・メタ・パラのどの位置につくかは官能基の性質により、一般に共鳴効果が誘起効果に優先するというルールがある」というのは、メトキシ基のようなひとつの官能基についての話ではなかったのですが、そのことはまた次回まとめます。

参考)
https://www.chem-station.com/blog/2022/05/methoxy.html
https://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/archive/apchem/hshino/Site/lecture/entori/2011/1/25_dian_zi_gong_yu_jika_dian_zi_qiu_yin_jika.html
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=wSC5tsD6ZQw
「ボルハルトショアー現代有機化学(下)」

5/1(水)学習時間:12H
・岡野の化学(48)
・誘起効果、共鳴、超共役について復習
・オルト・メタ・パラの配向性について
・アミンについての英語の資料を読む
課題)
・アミンについての英語の資料を読み終わっていないので今日中に読み終える
・界面活性剤に使われるアンモニウム塩について調べる
・配向性について特許庁のDBで調べてヒットした内容から①②が分かったので追加で調べる
 ①ポリアミドやポリイミドにメタ・パラの種類がある
 ②液晶関係で配向性という言葉が使われている

その他
・0745 CV作成準備について
課題)
・今日中に翻訳会社の募集要項などからCVに書かなければいけない要素をまとめて枠を作ってみる
・今まで岡野の化学から掘り下げていく中で色々な企業のHPを参考にしてきたが、今後はどの企業がその業界で強いのか、どんな製品を出しているのか、など注意深く見て分野別にファイリングする。

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うずら
〈レバレッジ特許翻訳講座16期生〉 翻訳とは無関係の会社員生活を送っていたが、30歳になったのを機に「これが最後の進路選択のチャンス」と考え直し、文系出身・翻訳未経験から特許翻訳者への険しい道を進むことを決意。